「EnDlEss DREamER」ブログ

最近はunity5メインで活動中。以前はツクールRGSSネタなど。

§ 死

改正臓器移植法が17日・・・ようは今日から施行されることになるわけだが
ここで「死の定義」について考えたい。
先に賛否両論あることを言っておきたい。
専門家でもないし、マスゴミの報道での情報があることも含めて先に不快感を感じた方には謝罪しておきたい。
それほど、数多の当事者達にはデリケートな問題であることを言っておきたい。

死には個人的主観として「肉体の死」と「精神の死」の2種類があるのではないかと思う。
肉体の死とは「心停止」等を原因とする肉体的に既に生命活動を停止している状態を指す・・と思われる。
これらについては多分、一般的にも受け入れられるような死の状態であると想像する。

対して「精神の死」と言うのが今回の法律の定義の線引きでもある「脳死」ではないかと想像する。
つまり「自我」と言うものが「現代医療」において脳波などで確認できない状態ではないかと。
多分、多くの人が想像する「自分」と言う人格・精神たらしめるものをそうさせているものが
「現代医療では」脳というものが司っていると誰もが考える。
その場合「自己を認識する」もしくは「自己を司っていると考えられる」脳が活動を停止しているなら
それは「その人が●●(その人の名前)として生きていないのでは?」と「疑問が持たれる」状態こそが「脳死」
とされているのが「今の日本の風潮」なのではないか??



なぜ、こうも曖昧な言い方をするかというと、それは「当事者の立場」によって大きく変わるからに他ならない。
「他人」から見ると上記のような印象や考えがあるだろうと思う。
だが、その人と近しい人であれば死を信じられない・信じたくないというのが人の心と言うものである。
温もりもあり、鼓動もあり、眠っているようであれば「まだ死んでいない」と思うのも人の心である。

更には国家や宗教の違いが生じればこういう問題はなおさら複雑に絡み合ってくる。

つまりは「その人がどう思うか?」

ということが重要になってくる。


三流小説のように簡単にヒロインを殺して泪を誘って「イイハナシダナー」で終わっていいほど
チンケな問題ではないのである。

思春期には「死」と言うものを考えると言われているが、改正臓器移植法の施行という節目という訳でもないが
今一度こういうことを真剣に考えてみるのも良いのではないかと思う。
更には、誰もが経験のあるだろう「祖父母の思い出」というのも酒を飲みながらでも思い出すと
きっと懐かしいことが思い出されてくれればと何かのキッカケになればと思う。



ツクールというゲームサイトなので、ゲーム内での「死」についてちょっと触れたい。
よく「HPゼロ」で「戦闘不能」という状態異常が付加されて「せかいじゅのは」「フェニックスの尾」で
復活したりするんだけど「戦闘不能」って一体どういう状態??
と思った人はいないだろうか?

そのクセ、イベントで死に直面すると「ホイミ」や「ポーション」など回復魔法・アイテムを一切受け付けないという
お約束といえばお約束の仕様。
今の思いつきで言えば、戦闘不能とは「意識不明の重態」で、イベントの死が「死」ではないかと。
「意識不明の重態」で「昏睡状態」だから薬やソレに順ずる手段で早期に回復することが出来る。
逆に、既に手遅れの状態なら回復する手段が通じず、死に至る。


「現実」ではない場所で実は死に満ち満ちている。

・モンスターを倒す。
・賞金首を討伐する。
・イベントで仲間が死ぬ。

これだけでどれほどのゲームでおびただしい「死」が与えられているか?
昔のFFでは「しぼう」と表記されていたのが気がつけば「戦闘不能」になったあたりは
近年の社会情勢など、表現しづらくなったのはあるだろう。
どこぞのアニメ監督と死をググってみれば面白いサイト様がたくさん見つかったりするので
こういった節目に考えてみるのもたまにはいいのではないだろうか?


2010/07/17/Sat 01:40:48  思いつき/CM:0/TB:0/
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